「樫の木問題 (oak tree problem)」と呼ばれるものがあります。データドリブン企業になるということは、まさにこの「樫の木問題」です。
「樫の木問題」とは、ずっと以前から取り組まなければならなかったこと (問題) を、着手しないまま、未だにそれが重要であり続けていることです。中国に「樫の木を植えるのに最適な時期は 20 年前である。次に最適なのは今日だ」ということわざがあり、この考え方を端的に表しています。
私が一緒に仕事をしてきたお客様の多くは、リーダーが実際のデータに基づいて正確かつ迅速な意思決定を下すため、精緻な KPI (Key Performance Indicator) ツールを作成するために悪戦苦闘してきました。
データドリブンな意思決定のために必要なデータを収集することは簡単ではありません。企業内には、それを難しくしている多くの原因が存在しています。それは「(目に見えない) 想像上の原因」と「実際に起こっている (目に見える) 原因」に分類できるでしょう。
ここでは、「社員に仕事をさせたいのか?それとも、仕事の報告をさせたいのか?」といった意味のない問い掛けを避け、多くの企業が KPI の取得と報告に取り組んだ結果、どのように負のスパイラルに陥り、なぜ同じことを繰り返してしまうのか?について説明します。
三幕構成の悲劇
第 1 幕 ー 「より少ない人数でより多くの成果を上げる」という恒例の説明
こんな状況に心当たりはないでしょうか?
『効率化』という名のもと、「より少ない人数でより多くの成果を上げる」という典型的な説明が、世界中で行われています。この説明の背景には、ビジネス成果を出さなければならないチーム (例:事業部門やサービス部門、他) に影響を与えるような状況要因やイニシアティブは考慮されていません。
第 2 幕 ー 消火訓練
このありふれた悲劇の第 2 幕では、多くの間違いや手抜き、勘違いが発生し、膨大な数の問題が発生します。さまざまな要因 (変更の失敗、要件の見落としによるプロジェクトの大幅な遅延、セキュリティ侵害、ネットワーク障害など) でパニックに陥る瞬間が訪れます。
第 3 幕 ー 挫折
最後となる第 3 幕は、問題の「根本原因」を突き止めるための調査が開始される場面から始まります。
(誰かを非難することのない) 事後分析の方が根本原因分析 (RCA: Root Cause Analysis) より優れていることを、多くの調査やデータが示しているにもかかわらず、事後分析を採用している企業はほとんどありません。どちらの分析でも、調査で得られた発見や分析結果を厳密に検証すれば、過去の誤った意思決定およびスキルや能力を向上させるための努力と投資の欠如を指摘することになるでしょう。
往々にしてリーダーは、(失敗に関する) 説明責任のためのバランスの取れたスタンスをとらず、ベストプラクティスを採用するためのコミットを打ち出すといったことはしません。
以下の 2 つのどちらかの発言をすることでしょう。
- 責任を負うべき部門や担当者がキチンと仕事をしなかった。手抜きによるリスクについてリーダー (私) への報告もなかった。
- 責任を負うべき部門や担当者がキチンと仕事をしなかった。手抜きによるリスクについてリーダー (私) に理解できような報告をしなかった (例:たとえリーダー (私) が積極的・意識的に聞こうとしなかったとしても、担当者はリーダーに理解させなければならない)。
こうした挫折の後、第 1 幕に戻り、同じサイクルが始まります。
この身近な悲劇には気が滅入りますが、希望や好循環の機会をもたらす “別の方法” もあるのです。この “別の方法” とは、『データドリブン企業』と呼ばれているものです。多くの企業が、データドリブン企業になる方法を模索していますが、その仕組みや始め方を知っている企業はほとんどありません。
ループをつくり、その流れに乗る
1950 年代、アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐は OODA ループとして知られる意思決定のフレームワークで世界を変えました。OODA ループとは、観察 (Observe)、状況判断 (Orient)、意思決定 (Decide)、実行 (Act) から成る意思決定サイクルです。ボイド氏は、このループを戦闘作戦のプロセスに適用させ、多くの軍事作戦に採用し成功させました。
現在ではビジネス、学習プロセス、訴訟戦略、ゲーム理論などを理解するために頻繁に適用されています。ソフトウェア開発にも採用されており、アジャイル、DevOps、LEAN に組み込まれています。
OODA ループでは、競争相手や敵と対峙するとき、戦闘力ではなく俊敏性を優先します。個人でも企業でも、次々に起こる事象に競合よりもスピーディに、観察・状況判断・意思決定・実行のループを実施できれば、相手の意思決定の中に「入り込む」ことで優位に立つことができるのです (先んじれば、相手は自分を考えざるを得なくなり、陣地を先取りでき、次への準備も速められます)。
企業の俊敏性を理解するために OODA ループを利用している最新の例には、リーンスタートアップで有名なエリック・リース氏、Netflix の世界最高レベルのレジリエンスを構築したアーキテクトのエイドリアン・コッククロフト氏、そして Microsoft の DevOps への取り組みなどが挙げられます。さらに『The 5th Discipline(学習する組織)』の著者であるピーター・センゲ氏も「持続可能な競争優位性とは、競合他社よりも速く学習する組織の能力にかかっている」と述べています。
しかし、意思決定のためのデータを集める (つまり観察する) だけでは不十分です。なぜなら、データに基づいて適切な意思決定をするためには、「文脈に根ざしたデータ」が必要だからです。
また失敗!!!
武器化とゲーミフィケーションの脅威
ボイド氏から 20 年後の 1975 年、イギリスの経済学者であるチャールズ・グッドハート (Charles Goodhart) 氏は「指標が目的になると、それは良い指標ではなくなる」という有名な言葉を残しています。この格言はグッドハートの法則として知られ、「管理というプレッシャーがかかると、観測できる統計的規則性は崩壊する傾向がある」と言い換えられるでしょう。つまり、人がいったん評価指標 (KPI など) を与えられると、定量的なシステムでは常に不正な操作が可能であることから、どんな目標でも人為的に達成する方法を見つけるようになるのです。
業種や業界がどこであろうと、グッドハートの法則の影響のことを、詳しくご存知かもしれません。
システム内の人間は次のどちらかになるとされています。
- 評価基準をゲーミフィケーションする:個人が「最適な結果」(学校での統一テストなど) を得られるように、活動を操作・調整すること
- 評価指標を武器化にする:リーダーが個人またはチームに用いたい結果を正当化するために、測定基準 (の達成) に過度にフォーカスすること (上記の「第 3 幕 ー 挫折」を参照)。
ここでも、ゲーミフィケーションと武器化のシナリオのありふれた悲劇に気が滅入りますが、希望と好循環の機会をもたらす “別の方法” も存在します。この “別の方法” とは、取得した評価指標をどのように定義、収集、提示するか?が重要になります。
このブログ記事の第 2 部では、あらゆる業界で検証された「11 件の具体的なベストプラクティス」について詳説します。各ベストプラクティスは、ゲーミフィケーションと武器化への流れを制御し、本能的な反応や裏付けのない感情ではなく、データと事実に基づく企業主導の判断をするために役立ちます。